2022.7.17
【出雲大社】ムスビの御神像
幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)という魂が現れ、「ムスビの大神」になられた
もしかしたら神様の全面戦争?国譲り神話はこの世のターニングポイント!!
出雲大社の松の参道を抜けた右手にある、「ムスビの御神像」 大国主神が両手を上げて幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)から「おかげ」を受け取り、縁結びの大神になったシーンを表している。
古事記によると、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)が治めていた出雲の国を欲した天照大神(あまてらすおおかみ)は、使者を遣わした。 しかし1人目の使者は大国主神の家来に、2人目の使者は大国主神の娘と結婚(天照大神に報告はなかったという) しびれを切らした天照大神は、力自慢の建御雷神(たけみかづち)と足の速い天野船神(あめのとりふね)を遣わす。国を譲るよう迫られた大国主神は、自分の息子たちに判断をゆだねることに。 その息子の一人が事代主神(ことしろぬしのかみ)美保の海で魚釣りをしていた事代主神は、2人の使者に詰め寄られ、国譲りを承諾する。 一方の建御名方神は力比べを持ちかけるが、勝負に負けて降伏したという。
国譲りを余儀なくされた大国主神だが、最後に2つの条件を出す。 ①高天原の御殿のような大きな宮殿を建てること。 ②目に見える「現世」は天照大神が、目に見えない「幽世」は大国主神が治めるということ。 現世とは目に見える現実世界、幽世とは人の目には見えない神の世界のこと。― ☆諸説あります
これが出雲大社のはじまりであり、目には見えない人の「縁」や「運命」を治める大国主神が縁結びの神様として信仰される由縁とされているようです。 息子に国譲りの判断をゆだねるとき、大国主神が名前を出したのが事代主神だったことから、大国主神の跡継ぎと考える説がある。 事代主神があっさりと国譲りを承諾したことで神々の全面戦争が回避されたという見方もあり、事代主神は神話の中でも重要な役割を担っているといえる。
出雲大社だけでなく、大国主神の妻である三穂津姫命(みほつひめ)と大国主神の息子事代主神を祀る美保神社にもお参りすることで、一層大きなご利益が得られるとされる「両参り」。 出雲大社と美保神社をセットで参拝する「えびす・だいこく両参り」は、江戸時代に盛んに行われるようになったという。 (JRおでかけネットおとなび記事より抜粋)